がん、脳梗塞、認知症・・・リスクに備えるためには、本当に保険が最適?

思わず納得、納得、納得の、おもしろい本に出会いました。

 

タイトルは、「不道徳な見えざる手 自由市場は人間の弱みにつけ込む」。

 

ジョージ・A・アカロフとロバート・J・シラーという、いずれもノーベル経済学賞を受賞した2人が書いた翻訳書です。

ノーベル賞といっても、決して小難しいことを書いている本ではないですよ。確か中学校くらいの社会科の授業で、「神の見えざる手」というのが出てきました。

一人ひとりが自分の利益を最大化させようとすることが積み重なって、自然にモノやサービスの値段や量が調節されていきます。

そして最後には必要なものが必要な分だけ供給されるようになり、社会全体に利益がもたらされる、こんな意味です。

市場経済には、「自動調節機能」があるということですね。

著者は、こうした自由市場システムを崇拝しつつも、一方で、その中であらゆる詐術(誇張・歪曲・隠蔽・水増し・ぼったくり)が至る所で仕掛けられていて、消費者は自衛が必要であると警鐘を鳴らしています。

この本では、決して、モノやサービスの供給側のモラルが良い悪いということを言っているのではありません。

問題は、誠実とは言えない行動を促す圧力が、自由な競争市場では奨励されてしまっているということです。

顧客の心理的・情報的弱みにつけ込んで利益をあげることをためらう人々には、なかなか報われないシステムなのだと著者は言っています。

そして、こうした「カモ釣り」がよくみられる分野として、健康に関する分野、政治に関する分野などとともに、お金に関する分野が挙げられています。

僕もFPとして、普段から気になっていることがたくさんあります。

 

たとえば、「保険」。

 

保険のことでご相談いただく方から、よくお聴きすることがあります。

「相談した保険ショップで、こんなことを言われました。これからさらに高齢化がすすみ、介護が必要な人が増えます。少子高齢化のため、今後ますます国の社会保障は当てにならなくなるので、保険で備えておきませんか、と。民間の介護保険をすすめられたのですが、必要ですか?」

確かに、前半部分は、その通りです。高齢化の進展と、高齢者を支える現役世代の減少は、社会保障の水準を保つ上で最悪の組み合わせであることは事実です。

だから、公的保障の不足分を補うためには、元気なうちから自分で何とかしておかなければいけないということに、異論はありません。

でも、最後の部分は、決して正しくありません。

リスクに備えるために、必ずしも保険を使う必要は、ないのです。

 

ある大手保険会社が発売した「認知症保険」が大人気で、1年間で数十万件の契約を集めたという記事を読みました。

ほんまかいな、そんなに良い商品なのかと思って、調べてみました。

 

保障内容はシンプルで、認知症と診断されると、300万円が受け取れるそうです。

で、気になる保険料は、いくらでしょうか。

 

保障が一生涯続くタイプで、40歳女性なら、月々約5,400円。

60歳女性になると、ちょうど月々ちょうど1万円くらいです。

 

この保険、どう思います?

 

仮に80歳で認知症と診断されるとします。

今40歳女性の方なら、80歳までの40年間で保険料の支払い総額は、約260万円!(5,400円×12ヶ月×40年)

60歳女性の方なら、80歳までの20年間で、約240万円!!(1万円×12ヶ月×20年)

 

どうか冷静になって、お考えください。

250万円支払って、認知症になったときだけ300万円受け取れる商品って、どうなのでしょうか。

 

もちろん、もっと若くして認知症になるケースも、あります。

2025年には700万人が認知症になるという予測だって、あります。

 

僕は毎日、認知症の方やそのご家族の方とお会いしています。

確かに、毎日大変な思いをされているご家族の方は、決して少なくありません。

 

でもね、認知症にならないで、(ほかに大きな病気やけがもせずに)平均寿命を超えてそこそこ元気に長生きする可能性だって、認知症になる以上に、あるんです。

 

じゃあ、どうすればいいのでしょうか。

 

シンプルに、考えましょう。

 

保険料として保険会社に支払う代わりに、自分の口座に積み立てておけばいいだけのこと。

お金に、色はありません。

 

大事な大事なお金を、治療費や介護費だけに限定しなければいけない理由は、どこにもないのです。

 

元気だったら、自分のため、家族のため、世の中のために使えばいいのです。

病気になったら、治療や介護のために使えばいいのです。

少なくとも、保険会社のために使う必要は、どこにもありません。

 

認知症保険を販売する人に、決して悪意はないのかもしれません。

ただ、保険を販売する人たちは、通常は、販売実績に応じて報酬を受け取っているという事実は知っておくとよいでしょう。

 

僕にはどう考えても、この保険に入る必要性がよくわかりません。

認知症の方々やそのご家族と毎日お会いしているからこそ、そう思います。

これこそ、認知症という不安につけこむ「カモ釣り」そのものではないでしょうか。

販売者のモラルの問題というよりも(それもあるかもしれませんが)、誠実とは言えない行動を促す圧力が、自由な競争市場では奨励されてしまっている、という事実を表す端的な一例だと思います。

これぞ、「不道徳な、見えざる手」です。

 

もちろん、保険はすべて必要ない、と極論を言っているのではありません。

でも、同じように、民間の医療保険やがん保険についても、ちょっと立ち止まって考えてみてはいかがでしょうか。

保険料が積み重なると、いくらになるのか。

シンプルに自分の口座への積み立てでは、だめなのか。

病気になったとしても、高額療養費制度があるので、治療費が青天井ということは基本的にありません。

 

西宮市内でも、「西宮ガーデンズ」や「ららぽーと」などの大きなショッピングモールをはじめとして、街中にも数々の「保険ショップ」が店を構えています。

もちろん店舗を持たない保険代理店も、いっぱいあります。

いずれも、たくさんの保険会社の商品を取り扱い、中立・公平なアドバイスをうたっています。

僕も家族で西宮ガーデンズやららぽーとに出かけることはありますが、通りがかった保険ショップで熱心に耳を傾けておられる子育て中のご夫婦をみると、本当に、ヒヤヒヤします。

 

リスクに備えるために、本当に保険が最適なのかどうか。

あらためて考えてみてはいかがでしょうか。